98年に「旅館 草庵秋桜」の料理長・新江憲一が中心となり「ゆふいん料理研究会」が発足した。
その背景には「自分の旅館だけが良くてもダメ。由布院全体がレベルアップしなければ」との思いがあったという。
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地域とふれあう。
情報を交換する。
“新しさ”に視野を広げる。 |
料理を研究するだけでなく、地域との繋がりを持ち、さらに料理人として腕を磨いていくために、ゆふいん料理研究会は様々な活動を展開している。
「湯布院映画祭など、地域のイベントや集まりにはいろんな宿の料理人が集まって、観光客や訪れた方を“料理”でおもてなしするお手伝いをしているのですが、
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それは料理人たちの料理を発表する“場”でもあります。そういったイベントに参加することで地域とのふれあいを深めたり、料理人同士の情報交換の場にもなっています」。
また地域だけでなく、県外にも視野を広げる研究会として年に1回、研究会のメンバーで京都や東京など話題にのぼる料理店に足を運ぶという。「味が濃いとか薄いとか、そういう好みは十人十色。
批判は誰にでもできると思います。だから僕たちはなぜそのお店がお客さんを集めているのか“いいところ”だけを見るようにしています」。
料理はもちろん、接客なのかお店の雰囲気なのか、自分たちの宿に取り入れられるものがあるかどうか、メンバーたちの多くの目で見て、いろんな意見を交わしながら、つねに新しいものを取り入れていこうという姿勢がそこにある。 |
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地産池消の広がり。
仲間との育ちあい。
おもてなしの心を熱くする。 |
ゆふいん料理研究会には、料理人の料理に対する意識の向上を図ったというほかに、もうひとつ大きな功績として挙げられるものがある。
それは「由布院で食べるものは由布院で育った食材を使おう」という“地産池消”の考え方を広め、地元農家との繋がりを強めたことだ。 |
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「研究会では農家の方もお招きして新しい料理の提案も考えているのですが、野菜にしても今まで使ったことのないような食材を持ち込んでくれたりするのですね。
そこで農家の方たちには“自分たちの野菜はこんな風に使われているのだ”というのもわかってくれるし、私たち料理人も使ったことのない野菜をいかに料理するか、勉強にもなるし、仕事の幅も広がる。
そうすることが料理人と農家との距離を縮める一番早い方法なんじゃないかなと思っています」。
親しくなった生産者から専門的な話を聞くのも楽しいという。
「玉ねぎに雄と雌があるのって、知ってます?そんなことは知らなくても料理は作れるのだろうけど、農家の方がどんな風に、どんな思いで作っているのかを聞くと、今まで以上に思いがこもって、食材を大事に使わないといけないなと思うのですよ」。
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発足以来、良き仲間であり良きライバルとしてお互いを高め合ってきたゆふいん料理研究会
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「やはり人は一人ではいられないと思うのですよ。いろんな人と出会って、いろんな人の考え方を学びながら自分はこうして生きていこうと考える。料理は真似ではなく、自分の世界を作っていかなければいけない世界でもあるけれど、そのための肥やしは必要だし、自分も貰う代わりに自らも肥やしになっていかないといけない。互いに養分を分け合いながら育ちあい、やがて大木が育っていく。その側で、小さい木たちも育っていくのですよね。そうして僕らが枯れた頃、また新たな大木から違う芽を出してくれるだろうと。そうやってゆふいん料理研究会が続いていけばいいなと思っています」。
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信頼できる仲間たちと出会い、思いを受け継ぎながら、より魅力的な由布院を作り上げていく。
そしてなにより由布院という空間で、ここでしか味わえない料理をじっくりと楽しんでほしい。
おもてなしの熱いこころを持った料理人たちは「おいしい由布院」の可能性を広げながら、また新たな創作の世界を広げていくのだろう。 |
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これからのゆふいん料理研究会
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1998年に料理研究会を立ち上げて、10年の時間が流れました。その間に由布院はかなり変わってしまいました。大型ホテル、大型旅館、顔が見えない人間関係、稼いだもの勝ち、壊したもの勝ち・・・。
料理でマチは変わる、そう信じて走りつづけた10年。0から始めるのではなく、100から始める為の料理研究会でした。それは今から旅館を新築する訳では無く、既存の旅館の料理を変えて行く作業から始めたからです。今日も明日もお客様の予約が入っている理想の旅館をと言う話しでは無く、また100に向かって0から始めるのでも無く、今ある100にどうやって個性、オリジナルをプラスして行くか?
100ではお客様は満足はするけれど感動はしてくれない、感動しないものには想い出は生まれない。料理の美味しさだけの話では無い、美味しい料理を作る事はそれほど難しい事では無いと思う。自分達が作った料理にどれだけの責任が持てるか、その料理はお客様にきちんとつながっているか、ただ単に由布院の食材を使っていますでは話にならない。それだけでお客様が満足してくれるとは到底思えない。 |
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イタリアにはスローフードがあるらしい、ゆっくり食事をする人達が沢山いるらしい。ミラノから西へ車で2時間、ピエモンテという地域がある。どーもこの辺がスローフード発祥の地らしい。
スローフードという言葉だけは知っていたが、やっとその地に立つ事が出来た。ピエモンテ アルバ。レストランに入って料理を食べさせてもらった。さすがです。ここにある料理には気負いやプロ意識などは何も無い、一番ビックリしたのは、そのバリエーションの少なさ、その食材を食べられる期間の短さに驚かされた。(無理をしない)(余分を持たない)(便利な事を望まない)(拒絶する)(ココに有るものを残し伝える)(自信を持つ)(ココで生き、暮らし続ける)(マチを愛し、人を愛する)(ココで死ぬ)
どうもこのあたりがキーワードの様な気がする。今の日本ではスローフードも地産地消も商売の道具としての言葉になってしまっている。これは僕たちにも当然責任がある。季節を無視した料理を作り続けた無理、大量生産しなくてはいけない料理、それとは逆行する板前不足、いい訳は沢山。そんないい訳の悲鳴が地産地消と言う言葉を生み出してしまった。その季節にその料理を大量では無く作っていればスローフードなんて言葉は生まれて来なかったはず。これから僕たち料理人がやるべき事はイタリアのスローフードに感心をよせ、唱え続けるのではなく、その呪縛から逃れる為に何をするかを考える時。イタリアのスローフードが教えてくれた事は、イタリアの真似をすることでも何でも無く、自分達のマチに、料理に責任を持ちなさいという事だと思う。
この世界からスローフード・地産地消という言葉が無くなった時、当たり前の料理を作る、当たり前の料理人の姿がそこに現れて来ると思う。 |
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由布院のお正月は忙しい。日本中からお正月は由布院でゆっくりお風呂に入り、美味しい料理を食べ、静かな時間を過ごしたいと言う由布院ファンのお客様が毎年毎年来て下さいます。その為に調理場では30日の夜あたりからお正月料理の仕込みに追われ始めます。
ここは由布院と言う名の小さな田舎町。
由布院と言う名前を外してしまえば、ただの小さな田舎町。
ゆふいん料理研究会の料理人達はこの小さな田舎町で毎日幸せに料理を作っています。幸せに?そう幸せにです。
お客様30人に対して料理人は6人います。由布院の旅館では大体お客様5〜7名に対して料理人1名と言う計算で料理を作っています。まずはこれが当たり前。そしてサービス(接客)の数は料理人の倍から3倍ほど。由布院の旅館の最大の武器は経営者の理解度と思想。お客様の数と従業員の数がほぼ同じかそれ以上。それが由布院の旅館では当たり前。
料理とサービスはとてもとても大切な事だと日本中の旅館が呪文の様に唱えているし、唱え始めている。
それでも、はたしてそれを実行出来ている旅館が何軒あるかと考えたら?ただただ当たり前の事を当たり前に実行することの難しさ、でもこの当たり前が出来ない限り未来は無いと考えるべきだ。
料理はお客様の為にあるもの。特に旅館の料理はほとんどが押しきせで、無理矢理にこれを食べなさいと食べさせている。その上どうでしたか?美味しかったですか?そうですか美味しかったですか・・・。満足満足、自己満足。これではお客様はたまったもんじゃない。まだ夕食も食べてもいないのに、明日の朝食は何時にいたしましょうかと優しく丁寧に聞かれても答えられる訳が無い。今これが旅館の常識だと勝手に決めて実行している事の間違い探しを始めなければ。
その為には料理人が美味しい料理を作る次元では無理、サービスが最高の接客をするだけでは無理、経営者が理想の旅館のカタチにこだわってるだけでは到底無理。それぞれが頑張っても今の旅館の問題は解決出来ない、それぞれが組み合わさる事が大切。
お客様に誉められた事は過去、お客様からのクレーム、お叱り、意見、それらに対してどんな事があっても対処して行く気持ちが未来につながっている。その時は誰もそこから逃げてはいけない、みんなが一緒になってやり抜く気持ちが大切。旅館の当たり前、料理人の当たり前、接客の当たり前、当たり前の幸せな日常を作って行くのだ!
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今日は2008年1月7日 夜10時。17件の旅館のおせち料理がテーブルに並んでいる。そこには50名を超える料理人。
それぞれの旅館の料理長がお正月の献立とレシピをみんなに配っている。新年の挨拶が終わると全員がテーブルに並んだ料理を食べ始める。アチラコチラでこれはどうやって作るんですか?どんな風に味付けするんですか?そんな質問が飛び交っている。いろんな旅館のいろんな料理人、キラキラと輝く若き料理人達、笑顔で話し合う気心がしれた料理人達。
今月から各旅館の二番手達が10人集まって、毎月由布院最年長の料理長に料理を習いに行く事を始めるらしい。若手の料理人達が集まってBARを週末だけ営業しているらしい。食品の加工を始める料理人もいて、そこで出来上がった商品は100%由布院産ですと言っていた。それらの商品は研究会の旅館で販売してもらうらしい。
ゆふいん料理研究会を母体としてそれぞれが、それぞれの活動を始めだした今、日本料理を志す料理人が急激に減ってきている。その責任は僕たち先輩料理人にあると思う。料理人を目指しても、苦しい事や大変な事だらけで、まともに夢すら描けない料理人の世界を創ってしまった反省。せめてゆふいん料理研究会はみんなが夢を語り合う場所でありたいと思う。その為にこれからもゆふいん料理研究会は存在し、存続して行く。
ゆふいん料理研究会 代表 新江憲一
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